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テスト03
復旧作業完了しました。失礼いたしました。10日14:36伝送装置復旧
不具合発生から復旧までの投稿は太陽艇鉄板ブログ『taiyotei』にて確認ください。
時は皇紀2671年12月8日第二次レストラン戦争勃発。提督は新型戦艦建造計画作成(バトルシップレストラン)計画に基づきロフト内の生活骨董店に資材調達に向かふ。その時店番をしておられたのが画伯である。名刺交換していたのではあるがいきなり翌日会社に訪れてこられ飾ってあった書(1月の中ごろであったと思うが書初めで描いたものがそのまま残っていた)を誉めまくるのである。そして実はといふと自分は画家であり書道家でもあるとのことだ。確かに世界美術年鑑に載っており(油絵)現在は墨字絵(墨で描くのだが字を書いて絵になるといふ面白いもの)をやっているといふ。
2.太陽艇
時は皇紀2672年8月8日ついに太陽艇の進水式が執り行われることとなり同年9月1日には連合艦隊旗艦となる。(バトルシップレストランのグランドオ-プン)そして翌年3月には太陽艇第参艦橋において墨字絵等を作成することになる。此処に合作堂が誕生し名作(迷作)八咫烏に仁王立ちが生まれたのだ。そのほかにも画伯の作品は艦内いたるところに飾られていたのである。
3.アクシデント
時は皇紀2673年4月8日桜は満開、画伯が大腸がんステージ4宣告され緊急手術するも余命6月となってしまったのである。しかし病は気からである。6か月を超えたころにあえて個展(墨字絵隊観閲式)を開催することにしたのである。(10月)追悼に式典になる可能性が大であった。とにもかくにも画伯は作品制作に没頭していくのであった。その間に治療の方はハイパ-サ-ミアとのであひと適合があり。な、なんと墨字絵隊観閲式の10月には元気に主役として参加されて以来第6回(7年間)を数えることになりますます多忙を極めて元気に活動されております。
4.ギャラリ-南蛮と紙こよりの会
時は皇紀2673年10月16日紅葉の頃、ギャラリ-南蛮で展覧会が行われている。此処は大阪梅田から近々にある阪急中津駅直で広さも十分で何しろ天井が高いので畳2畳ほどの作品も難なく飾ることが出来るのである。此処は提督が偶然なのか必然なのか見つけたのであるがオ-ナ-が神社主で、のちに作品を奉納させていただいたり後々には紙こよりの会に参加いただいたりすることになっていきます。第̪参回観閲式を迎えるころに画伯の作風が一変するのである。それは今まで、筆・墨・硯にこだわりがあったのが、な、なんとティッシュぺ-パ-をこよりにして筆とし墨汁液をたっぷり浸しゆらゆらと描いてゆく。そして百均の絵の具で淡く色づけしてゆくのだ。その後重要文化財荒井邸を皮切りに湊川神社や当麻寺・勝福寺・老人介護施設・障がい者施設等々を訪問し実演だけではなくお集まりいただいた人たち(子供たちも)に実際に描いてもらうのである。それからついに青年会議所を巻き込んで紙こよりの会が発足したのである。時に皇紀2678年4月8日
5.日本画新部門に登場
時は皇紀2679年2月20日ついに紙こより画が画壇に登場、美術の森出版㈱現代美術人気作家年鑑に初登場、同年5月17日には日中友好会館において美術評論家の長谷川栄氏より直々に招かれオ-プニングセレモ二-付展覧会に出席することになる。展示は代表作の蓮華の子だ。
6.轟沈
時は皇紀2675年4月9日前出の太陽艇の話なのですが太陽艇は当時世界最厚を誇る45ミリメ-トルの鉄板を持つステ-キハウスでありましたが時代は既に電子調理器に移り皇紀2675年4月7日最後の出撃(通常営業)を終えて同年4月9日轟沈(閉店)。太陽艇は平和の尊さを教えたが、また、生きる為の教訓を数多く残している(決断より)
7.君の名は
時は現代その作家の名前は誰もが知る世界の巨匠、紙こより画創始者『中田 伸吾』その人である。
「写は此の道譲らじ(彩雲)」「後の写は蓮の子楽団と甲虫率いる昆虫楽団で構成された混成楽団(鳳彩庵龍雲)」 時を超えた鳳彩庵龍雲
イノベ-ション 鳳彩庵龍雲
イノベーション
過去にも何度か取り上げたテーマであるが、改めて“イノベーション”について考えてみたい
紙こよりの会にとって、「今すぐに、なすべき課題は何か?」。
そう問われたら、何人の会員が答えることができるだろうか?仮に、答えられたとして、具体的にどう行動に移せばよいか?(そんな話も耳にする)
私だったら、「“イノベーション”!」と答えるだろう。
P・F・ドラッカーは、“イノベーション”について、次のように述べている。
「“イノベーション”とは、よい変化を起こすことである。そして、それは社会の使命でもある」と。
したがって、新しい技巧や紙こより画だけが“イノベーション”ではない。つまり、人・モノ・カネ、時間などの資源の使い方を変え、社会において、一つの安らぎを創出する能力を増大させるのが“イノベーション”である。
ドラッカーは、イノベーションの7つの機会として次のように述べている。
- 予期しない成功や失敗から学ぶ
- あるべき姿と現状とのギャップを探す
- プロセス・ニーズを解消する
- 産業構造の変化を知る
- 人口構造の変化に着目する
- 認識の変化を捉える
- 新しい知識を活用する
特に、①~③の機会については、自分の思い込み(常識、傲慢、独断など)に対して謙虚になって反省してみると、制作活動の中にいくつでもその機会を見出すことができるのではないだろうか。
ドラッカーは、マネジメントの目的は「顧客の創造」にあると説き、その目的を達成するために必要な基本的な機能として、マーケティングと“イノベーション”の二つを掲げている。マーケティングとは、顧客の顕在ニーズをしっかり把握することによって、売り込まなくても、「売れる仕組み」を作ることである。一方、“イノベーション”は潜在ニーズの掘り起こしによって、未来の市場(顧客)を創造していくところに、その役割があると言えよう。
マーケティングと“イノベーション”は、業界の目的である顧客の創造を実現するために必要な大切な機能であり、車の両輪のようなものである。